ツラくてツラくて、もうどうしようもない時がある。
ぶっちゃけいつもツラいけど、
何がそんなにツライのかも、最早分からなくなってしまったけれど、
生きるのがツラくて、息をするのは苦しくて、死を夢想して涙が出る。

恵まれた家庭環境では無かった。
友達とも何故か馴染めず、いつの間にか一人が楽だと思うようになった。
辛辣な言葉に傷付き、暴力に心を痛める。

擦り減るのは心ばかりか、
いつしか体も弱っていって、体調を崩しては情けなくなり、
感情が何なのか思い出せなくなる。

言葉では言い尽くせない程の悲しみと怒り。
愛されたい思いと、憎しみ。

豊かだと言われるこの国で、けれども一体どれだけの人の心が傷を負っているのだろう。
それをこの場で書き尽くす事は難しい。


私自身の事は、必要になればその時にでもぽつぽつと書けば良いかと思っている。
ただ私が今このブログでしたいのは、ここを見つけた誰かが、
もし苦しいのなら、
吐き出して、泣いて、そしてその気持ちの整理や、問題を、
どうする事が出来るのか、一緒に悩む事が出来たなら、
それは私にとっての救いでもあり、誰かにとっての逃げ道になれるのではいかと思った。

これは私の自己満足でしかないのだろうが、
きっと誰かも感じている事かもしれない。

苦しい時、
私は誰かに知って欲しかった、許して、優しい言葉を掛けられたかった。
顔も知らない誰かで良いから、大丈夫だと慰められたかった。
それだけだった。

私は医者じゃないから薬を出したり出来ない。
私は恋人じゃないから頭を撫でで側に居る事は出来ない。
私はNPO法人じゃないから、夜中の電話に出る事も出来ない。
私は無力です。

それでも誰かが苦しい時、行き場の無い悲しみや怒りで自分を壊したい時、
ここに書き込む事が少しでも誰かの気休めになればいいと願います。

そのような思いで、このブログを始めました。

泣いている誰かが、どうかここを見つけてくれますように。

精神的な不調を、肉体的な不調が上回りつつあるここ数年。
摂食障害、不眠、アルコールなど、数えきれない程の不摂生が祟ったのだと思うと、
「仕方が無い」のかもしれません。

あんなに死にたい死にたいと願って色々やらかしていた時はしぶとく生き残ったのに、
生きたい、今更死ねるかと思い始めた途端、病魔に襲われたりする。
生き物の生への執着は時として凄まじい力になるけれど、
終わる時は手元から箸を落とす様に、一瞬で突然で呆気ない。

つい先日まで、また体調を崩して満身創痍だったのですが、
肉体的な痛みがものすごくて、
苦痛→回復、苦痛→回復がこう何度も続くと、
さすがに疲労困憊と言いますか、命の危機を自覚してしまいます。
ありきたりですが、人間いつどうなるか分からないんだな…と。
年ですかね。

太宰治は「恥の多い生涯を送って来ました」と書きましたが、
私は実に「無駄の多い生涯を送って来た」と心底思ってしまいます。
摂食障害で無駄にしてきた食べ物、お金、時間。
何の生産性も無く惰性で生きてきた時間、
掛ける価値もない自分に投資してきた金。
思えば尽きない後悔ばかりの半生。
ああ、なんだかなぁ、本当に、無駄ばかりが多い人生だ、と。
感傷に浸りたいなら一人でやってろって感じですけど…。
すみません。

だけど、ひとしきり役立たずな自分を自嘲し終わる頃には、
不思議と今度は名前も知らない、
会った事もない、不特定多数の誰かの事が思い浮かぶのです。

ツライ
痛い
息がし難くて
死んでしまいたくて
誰かに助けてほしい
助けてなんてほしくない
優しい言葉をかけられたい
もう独りにしてほしい

色んな感情を抱えながら、泣きたい人が、今もどこかに居る。

そしてやたらと応援したくなります。
どうか負けないで、諦めないで、生きていて。
自分が出来ない事を人に求めるのは無責任ですよね。
だけど自分に出来ないから、一生懸命応援したくなるのかもしれないです。

楽しいだけの幼少期が過ぎて、先日初めてあからさまな悪意を受け、
涙をこらえながら帰って来た我が子を見ました。
人生なんて楽しい事なんか殆ど無い、生きてるなんてツラい事ばかりだよ…
そんな事を考えながら、
だけどどうか潰されないで、
あなたが楽しいと思える時間が少しでも多い毎日だといいな…と思いました。

目の前で誰かが傷付いていても、自分に出来る事なんて本当に無くて、
ただ思って、寄り添って、話を聞いて、一緒に怒ったり泣いたり、
それくらいしか出来ないけれど、

どうか我が子が、
どうかどこかの誰かが、
笑っている時間が増えますように。

それだけはいつでも強く願っています。






なんだかもうとてもツラくて。

寂しくて、

悲しくて、

虚しくて。

身辺整理なんかをしてしまう今日この頃。

ちょこちょこ整理してきた人生だから、
そんなに物は多くない。

ちょこちょこ身辺整理って…
どんだけネガティブな半生だよなあって思う。

だけど子ども達の顔を見ていると、
なかなか踏み切れないで毎日が過ぎて、
もやもやと最悪の事を考えながらもまだ生きている。

死ぬか死なないかなんて大事な事を、
今夜の夕飯何にしようと同じレベルでぼんやり考えるのは、
一生懸命している全ての人に失礼で、
もう死を選ぶ以外どうしようもなくなってしまった人達にも失礼で、
自分の浅はかさや愚かさに言葉も無い。

でもただ悲しい。
寂しい。
虚しい。

ごめんなさい。

書くのを避けていました(殴)。


昔から文を書くのが好きで、
文字に起こす事で自分の状況を整理したり、
伝えたり、立ち直ろうとする性分ではありますが、
それが、逆に自分を落ち込ませたり、
悪い状況にある事の確認作業になってしまい、
悪影響も大きいと自覚しています。

なので、自分の状態がすこぶる悪い時は、
敢えて書く事を止めるというのも自分を守る一つの手…。

世の中、どうやら『気付かなくても良い事もある』というのを、
この年になってようやく受け入れられるようになってきました。

自覚しないのは逃げる事だと、なんでもかんでも深く考え、
かたくなに自分を追い詰める癖を、少し手加減出来る様になったのかもしれません。

4月。
日差しが暖かで、お布団を干すと柔らかくいい匂いがして、
その毛布にくるまった時、ささやかな幸せを感じるこの頃です。

新しい生活が始まり、出会いの多い春は、
喜びより、ストレスの方が多い季節でもありますが、
なんとか乗り越えて、安寧の5月へと繋ぎたいですね。
5月は気温も丁度良く、花も緑も綺麗で大好きです。


どこかの誰かさんの心にも、温かい日差しが差し込みますように。
泣いていたら涙をふいて、日向ぼっこしながら眠ってしまえばいいよ。


引っ越し予定日が迫っていて、あれこれとバタバタしています。
2日吐いていないけど、昨日の夜は気持ちがいっぱいいっぱいで、
脳内では呪文の様に、『明日は吐く、明日は吐く』と唱えていました。
今朝になり、また忙しくて、衝動は少しは落ち着いた気がするけれど…
胸の中がぞわぞわ気持ち悪くて落ち着かない。
出来れば今日も吐かずに我慢したい。

先の事を想像して、わくわく生き生き楽しい気分になれたらいいのに。
不安しか込み上げてこないのはなんでなのかな。