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う~ん…

Category : 日常

昨日は大丈夫そうだったんだけどな…
母と話して、少し冷静になって、これで少しずつ浮上していける様な気がしたんだけど…

今朝起きたらまた不安で、動機と手の震えがある。

なんなんだろう……

備忘録

Category : 日常

あなたの体に傷がある事なんて、忘れちゃうわよ。
あんなに子どもらしく育ってるじゃない。大丈夫よ。
あの子達はあなたの様には成らない。

今日は母と会いました。父親について話をするのが最初の目的でした。
どの家庭にも「普通」なんて無い様に、我が家もそれなりに複雑な家庭環境でしたので、
私と父親との確執も単純に言えば「絶縁状態」です。
色々あってその件について話をしに行ったのですが、予想以上に他の話題にもなり、
育児ノイローゼだか鬱だか分かりませんが、夏の終わり頃から具合が悪かった事も話しました。

結果的に、今日母と話せた事は私にとって良かったのだと思います。
我が子に全身のリストカット痕を見せられない、見せたくないと悩んでいれば、
『お風呂なんていつまで一緒に入っているか分からないけど、すぐ別々に入るようになる。
忘れちゃうわよ、あなたの体の傷の事なんて』と言う。
「ごめんね、ママ今日ちょっと具合が悪いの」が2ヶ月も3か月も続いたら、
流石に子どもでも異常に気付くと言えば、
『いつか「ああ、お母さんはあの時具合が悪かったんだな」の意味が分かる日が来る』
「親が子どもに与える影響は大きい、私はあの子達に悪影響しか与えていない。私の様な親はいない方が良い」と言えば、『あんな子どもらしい子ども、最近見たことない。ちゃんと育ってるじゃない』と言う。
そして「私なんかに育てられて、私みたいな人間になって欲しくない。それが一番怖い」と言うと、『あの子達はあなたの様には成らない』と言ってくれました。

他にも色々話したのですが、長くなるので…。

あなたの体に傷があったなんて忘れちゃうわよって言ってくれた。
あの子達はあなたの様には成らないと言ってくれた、その言葉だけは覚えておきたくて書きました。

忘れてくれるなら、一生長袖で過ごしてもいい。
体が丈夫で、心が健やかに育ちますように。


癖と習慣

Category : 日常

人には、誰にも癖や習慣があると思います。
恐らく、それは長年の『物の考え方』にも存在する。

前回書いた通り数日前から少し浮上して、今は低空飛行で海面すれすれを飛んでいる、
そんな感じです。
落ち込み過ぎてもいない。
でも次落ちた時の反動が怖いから安易に上がる事も出来ない。
そんな中途半端な状態で、結局は多少なりとも情緒は不安定です。

多分、これは『癖』なのでしょう。悪癖というヤツです。
特に悪くないのに、悪い状態を維持しようとする心の動き。
長年の経験から体に滲み込んだ、考え方の悪習。

悪い状態ではないのなら、きっと気持ち一つで、
『良い』方向に持っていけるハズなんです。
なのにそれが出来ない。しようとしない。セーブをかける。
やがてまた落ちた時、その落差に疲れてしまわないように、
いつもどこかしら心を押さえつけているのです。

それをまた不快に感じ、自己嫌悪の原因になり、
「自分はどうしてこんなにダメなんだ」と気分を落としていく。
悪循環を自ら招いている気がします。

長年続けてきた習慣を直すのは簡単ではありませんよね。
本当に厄介です。

何に悲観しているのかも分からない。
結局昨日もアルコールで眠剤を流し込んで…
今朝は普通に目が覚めましたが、本当に馬鹿な自分です。
何がしたいんだか…。

朝から後ろ向きな発言、本当にごめんなさい。


昨日はとても暖かい日差しでした。
生き物には日照時間が大事なんだなと思いました。
お日様って偉大ですね。
短いけれど、秋って過ごしやすくて好きです。
果物も美味しい。
今日はどんな日になるのかな。
どこかの誰かさんにも、あったかい日の光が届きますように。

精神的な不調を、肉体的な不調が上回りつつあるここ数年。
摂食障害、不眠、アルコールなど、数えきれない程の不摂生が祟ったのだと思うと、
「仕方が無い」のかもしれません。

あんなに死にたい死にたいと願って色々やらかしていた時はしぶとく生き残ったのに、
生きたい、今更死ねるかと思い始めた途端、病魔に襲われたりする。
生き物の生への執着は時として凄まじい力になるけれど、
終わる時は手元から箸を落とす様に、一瞬で突然で呆気ない。

つい先日まで、また体調を崩して満身創痍だったのですが、
肉体的な痛みがものすごくて、
苦痛→回復、苦痛→回復がこう何度も続くと、
さすがに疲労困憊と言いますか、命の危機を自覚してしまいます。
ありきたりですが、人間いつどうなるか分からないんだな…と。
年ですかね。

太宰治は「恥の多い生涯を送って来ました」と書きましたが、
私は実に「無駄の多い生涯を送って来た」と心底思ってしまいます。
摂食障害で無駄にしてきた食べ物、お金、時間。
何の生産性も無く惰性で生きてきた時間、
掛ける価値もない自分に投資してきた金。
思えば尽きない後悔ばかりの半生。
ああ、なんだかなぁ、本当に、無駄ばかりが多い人生だ、と。
感傷に浸りたいなら一人でやってろって感じですけど…。
すみません。

だけど、ひとしきり役立たずな自分を自嘲し終わる頃には、
不思議と今度は名前も知らない、
会った事もない、不特定多数の誰かの事が思い浮かぶのです。

ツライ
痛い
息がし難くて
死んでしまいたくて
誰かに助けてほしい
助けてなんてほしくない
優しい言葉をかけられたい
もう独りにしてほしい

色んな感情を抱えながら、泣きたい人が、今もどこかに居る。

そしてやたらと応援したくなります。
どうか負けないで、諦めないで、生きていて。
自分が出来ない事を人に求めるのは無責任ですよね。
だけど自分に出来ないから、一生懸命応援したくなるのかもしれないです。

楽しいだけの幼少期が過ぎて、先日初めてあからさまな悪意を受け、
涙をこらえながら帰って来た我が子を見ました。
人生なんて楽しい事なんか殆ど無い、生きてるなんてツラい事ばかりだよ…
そんな事を考えながら、
だけどどうか潰されないで、
あなたが楽しいと思える時間が少しでも多い毎日だといいな…と思いました。

目の前で誰かが傷付いていても、自分に出来る事なんて本当に無くて、
ただ思って、寄り添って、話を聞いて、一緒に怒ったり泣いたり、
それくらいしか出来ないけれど、

どうか我が子が、
どうかどこかの誰かが、
笑っている時間が増えますように。

それだけはいつでも強く願っています。






書くのを避けていました(殴)。


昔から文を書くのが好きで、
文字に起こす事で自分の状況を整理したり、
伝えたり、立ち直ろうとする性分ではありますが、
それが、逆に自分を落ち込ませたり、
悪い状況にある事の確認作業になってしまい、
悪影響も大きいと自覚しています。

なので、自分の状態がすこぶる悪い時は、
敢えて書く事を止めるというのも自分を守る一つの手…。

世の中、どうやら『気付かなくても良い事もある』というのを、
この年になってようやく受け入れられるようになってきました。

自覚しないのは逃げる事だと、なんでもかんでも深く考え、
かたくなに自分を追い詰める癖を、少し手加減出来る様になったのかもしれません。

4月。
日差しが暖かで、お布団を干すと柔らかくいい匂いがして、
その毛布にくるまった時、ささやかな幸せを感じるこの頃です。

新しい生活が始まり、出会いの多い春は、
喜びより、ストレスの方が多い季節でもありますが、
なんとか乗り越えて、安寧の5月へと繋ぎたいですね。
5月は気温も丁度良く、花も緑も綺麗で大好きです。


どこかの誰かさんの心にも、温かい日差しが差し込みますように。
泣いていたら涙をふいて、日向ぼっこしながら眠ってしまえばいいよ。